ごりりの旅日記💓

どうしても旅に行きたい女子大学生のブログ 心の旅もしています。

【生きていた証】私達は終わりに向かって生きている

こんばんは。
間違ってはてなブログProを1ヶ月間契約してしまったし、Googleアドセンスは記事の量が少なすぎて審査に落ちるし…でブログ関係では最近八方塞がりのごりりです。

こうなったら、心に浮かんだことを、この1ヶ月で、できるだけ多く文字にしていこうと思います。まるで遺書かのように。遺書代わりになるように。生きていた証になるように。
それを遺すための1080円なら、きっと安いと思う。安いよね。

きっと思い付いたままに書くので、文章にまとまりがないと思いますが、とにかく、思い付いたことを、いつも考えていることを、書いてみようと思います。


・・・今日はずっと一人で「休日」をのんびり過ごしていました😊
お医者さん(心療内科医と循環器科医と内科医)に
「運動しろ」
と言われているので、

朝ほんの少しだけ筋トレ(???そこまでのレベルに達しているのかな?)をして、
クールダウンのヨガをして、
"最終面接の為に"ってリクルートスーツを貸してくれたお友達にスーツを返しに行って、
卒論を書いて、
その後はゴロゴロしていました。

最終面接までリクルートスーツを着ないでいたのに、面接に通してくれる企業があること。
『最終面接だけはリクルートスーツを着てください!』
『"あなたの個性を活かす為"、
あなたの話を聞いてもらう為、服装でマイナスされるともったいないので是非リクルートスーツで!』
と言ってくれる人事の人がいること。
"最終面接なんだけどスーツ貸して"って言ったらすぐに(本当はバイトで必要な)スーツを貸してくれる友達がいること。

たくさんの奇跡が、
私を最後、本物の(?)就活生にしてくれました。
落ちているか受かっているかは分からないけど、この経験は絶対に人生の1ページになると思う。
就活やめなくてよかった。
・・・なんて考えながら。笑


こうやって、一人で静かに自分と向き合える日があると、
やっと自分の本当の気持ちに気付くことができるような気がします。

いつもは、余裕がなくて、「ああいうの本当ムカつくな」だとか「あの人私のこと嫌いなのかな」だとか
ネガティブな感情に支配されてしまうことがあるけど、

暗いお部屋で、一人、目をつぶっていると、(特に宇多田ヒカルの曲を聞いていると)
そんなことはどうでもいいってことにようやく気付くことができます。


そんなことより、
私のことを(本当は)嫌いかもしれないあの人も
私のことを(私が思うほど)好きでもないあの人も
「今日、今、この瞬間にちゃんと生きている」ってことがすごいなぁ…奇跡だな、素晴らしいな

って

ことに気付きます。
(宇多田ヒカルの桜流しを聴いていたらそんな気持ちになりました)


心が壊れてしまうと、きっと誰でも考える
「死んでしまいたい」
という気持ち。

その気持ち、周りの人にもし伝えたら、
周りの人はきっと
「そんな簡単に死ぬなんて言っちゃダメだ」だとか「死んだら終わりだから」って言いますよね

でも、「死んだこと無いくせにどうしてそんなこと言えるの?私はとにかく楽になりたいのに」なんて思ってしまう

病んでいる状態の自分にとっては
この、奇跡がたくさんたくさん積み重なって今も生きているこの命なんて
無価値に感じられてしまって
自分でも何が欲しいのか分からず、ただただ泣いてしまう…なんてこともたくさんありました。これからもたくさんあるでしょう。


でも、『今ここに当たり前に生きている』
それって、すごいことなんです。

そして、私が今まで出会ってきた人たちみんなが、

特に大好きな青木ゼミのみんなが、

17人(青木さん含めて)ちゃんと全員生きてるってことは、


どんなにたくさんたくさんお金を積んでも叶うか分からないほどの奇跡が積み重なっていることで、
"当たり前に"成り立ってるんです。
本当にすごいことなんです。


その奇跡が、当たり前の奇跡が、当たり前の幸運が、
私を心から幸せにしてくれるんです。


今何かが起これば、
もしかしたら、今思い付く大切な人達の誰かに、
もう二度と会えなくなってしまうかもしれない。
そんなリスクを孕みながら、
私達は毎日終わりに向かって、日々生きているんです。

命は尊い。


そのことを忘れて、
いつも毎日を生きてしまう。
明日も当たり前に会えると思って「さよなら」って言ってしまう。
明日が当たり前にあると思って、今日を「なんとなく」生きてしまう。
このままではいけないと思いました。


誰に会っても、
心の隅に『これが最後かもしれない』そんな気持ちを置いておきながら
丁寧に接する。
そういうことを、ちゃんとやっていこうと思います。

そして、自分の人生も、もっと丁寧に生きていく。一瞬一瞬を大切に。生きていた証を作りながら。そうやって生きていこうと決めました。(いつもそう考えて、途中で余裕がなくなると忘れちゃうけど…。)



私が出会ってきた人達みんなが、生きているだけで奇跡で、素晴らしいことだ
って気付くと
自分も、今ここにいるだけで奇跡なのかもしれないと思えるようになります。


生まれてきた意味は分からないけど、
こんなにもたくさん奇跡が重なって生かされている命、
無駄にするわけにはいきません。
生きながら死んでいたくはない。ああ、これからどうしよう。どうやって生きていこう。


・・・

命を大切にしよう

ってみんな言うけれど、

確かに、人を殺さないのは当たり前だし、その辺にいる虫や生き物を殺さないことも大事だけど

私は
本当に『命を大切にする』ということは
『自分の人生を、その一瞬一瞬の奇跡の連続を、丁寧に生きる』ということであり
『周りにいる人の人生を、その一瞬一瞬の奇跡の連続を、心から喜び丁寧に扱う』ことである

と思っています。

人殺しはしなくても、ひどいことを簡単に口に出せる人って普通にいますよね。

人を傷付けてはいけないんです。
その言葉がその人が聞く最期の言葉かもしれない。
例え冗談だったとしても、ひどいことは、言ってはいけないんです。

そんなことを言っている時間があるなら、
誰かに、心に浮かぶ人に、二度と会えなくなる前に
その命が今日も生きていることに対する感謝や愛情を、伝えなきゃ、時間がもったいないんです。

恥ずかしいけどね。

でも言わないと後悔するよ。



余裕がないと、忘れてしまうけど、
今日も、当たり前に、生きていて、よかった。
今日も、友達が、当たり前に生きていてよかった。
今日、お母さんに「最低で最高の親子やね(誉め言葉)」って言えてよかった。
小さな小さな幸せを、本当はとても大きな幸運を、一つ一つ、丁寧に抱きしめながら、
なるべく余裕をもって、生きていこうと思います。